さよなら、小さき夜に啼く鳥へ。










the last day [ nightingale ]





本当は、全部知ってたんだ。

黒猫が届けにきた手紙には、そう書かれていた。



7日間の最後に残された一日は、希望になるはずだった。


「ルミナが、あと3ヶ月しか、生きられな、い…?」

王都の病院から戻ったエルモが、淡々と、ソオルに伝えた言葉。
すべての始まり、世界が崩れ始めた日。

その日から数えて3ヶ月、最後の一日を待つことなく、光は消えた。

そう、世界は消えたのだ。

この孤児院という小さな空間の中で、ルミナは世界そのものだった。
世界が消えると嘯いた。この最後の一日に、ルミナがいまだ笑っていられたのなら、それは、子ども達にとって、確かな希望になるはずだったのに。
ソオルは、ベッドに力なく凭れかかった。
向かいのベッドの使用者は、もういない。
もう、どこにもいなくなってしまった。

開けはなしたままの窓から、冷たい風がソオルの頬をかすめた。
咎める者も、温める者もいなくなった部屋。

ソオルはぼんやりと天井を仰いだ。

「全部、知ってたんだな…ルミナ」

全部知っていて、知らないふりをしてくれていた。





黒猫の運んできた、丁寧に折られた紙を、エルモはゆっくりと開いた。
そして、子どもたち皆に聞こえるように、気丈に、でもどこかとても寂しそうに、読み上げた。



親愛なるエルモ母さん、そして、みんなへ。
最後の一日に渡せたら良かったんだけど、気恥ずかしいから、キャロルに託すよ。
あの子はいい子だから、きっと渡してくれたんだろう。

こうして最後まで君たちと、エルモ母さんと過ごせて、本当に嬉しかった。
君たちと家族になれたこと、君たちと笑いあえたこと、僕の一等の幸福は、きっとそれらに違いない。

本当はね、全部知ってたんだ。
僕が長く生きられないこと。そして、
エルモ母さんが、君たちが、僕が近いうちに消えてしまうのを知っていたこと。
だからさ、ソオルがあの時、みんな消えるんだったら、一人で残る方が、よほど怖いと言ってくれた時、
確かにどこか安心した自分もいたんだ。
だけれど、僕は、やっぱり世界は消えないでほしいよ。
君たちの世界は、未だそこにある。消えたりなんかしないんだ。
僕が大好きだった場所、大好きな君たちが、未だ世界で生きていてくれること。
それが、僕の最後の希望だ。
ありがとう。僕の一番大切な人たちへ。

君たちの世界に、幸多からんことを願っています。



ルミナ





「何やってたんだろ、おれ達」
ルミナがいなくなっても、やっぱり世界はあり続けている。
ソオル達は生き続けている。
だけれど、孤児院の時はまるで止まったようにに進まない。
皆、ルミナの手紙を見て、泣いていた。
でも、ソオルは泣かない。ルミナとの約束があるから。
約束はいまだソオルの中に息づいているのに、ルミナはもういない。
それが酷く虚しくて、ソオルは呟いた。

「世界は消えたりなんかしない」

手紙に書かれていた言葉。
そうだ。世界は消えなかった。だけど、違うんだ。

「おれの世界は、ルミナだったんだヨ」
差し出された手、彼がくれた言葉、彼が与えてくれた家族。
ルミナは、世界だった。



冷たい風が、また一陣。部屋へと吹き込む。
すると、ばたんと音をたてて、ルミナの机から本が落ちた。
ソオルが、プレゼントした本だった。

ソオルはぼんやりとしたまま立ち上がると、本を拾い上げた。
すると、本から一枚、メモのようなものがはみ出しているのが目に入る。
ソオルはそれを抜き取ると、それに書かれた文字に目を落とした。
本に挟まれていた紙には、今ではもう懐かしくすら感じる彼の筆跡。

誰かに、呼ばれた気がした。



ソオルは孤児院を飛び出した。
駆けて、駆けて、目指すのは、あの丘。

本を抱いて、一枚の紙を握りしめて。
ソオルは走った。





メモに書かれていた言葉が、頭の中で何度も繰り返された。
ああ、駄目だ。駄目だとわかっているはず、なのに。
涙が、零れ出る。



「光はつねに太陽とともに



目蓋へ贈る口付けは、憧景の証。
光が輝けるのは、太陽が幾年も、幾億年も変わらず上り続けてくれるから。
光は太陽に憧れて、そして、なによりも誰よりも太陽を愛すよ。
太陽が昇り続ける限り、僕は、恒に君とともにあろう。



君がいる限り、世界は消えたりなんかしない

君がいる限り、僕は生き続ける」





ソオルは丘を登り切ると、足を止めて木を見上げた。
聞こえるのは、冷たい風の音だけ。
聞こえるはずもない、人の声。

「何やってンだ…おれ…」
へたりと、その場に力なく蹲る。雪が冷たくソオルの体温を奪っていく。でも、そんなことももう気にならなかった。



(ソオル)



「…え……?」

空を仰ぐ、僅かに雪の残る枝の間に、小さな命が、芽吹いていた。
そして、そのまた上、灰色から青へ向かう色彩の中を、彼の一番好きだった鳥が飛んでいく。

雪はとけ、鳥が歌い、緑は芽吹き、子ども達は微笑む。世界に春がやってくる。



      あぁ、これはさよならなどではなかったのだ。
ソオルは、ぽつりと呟いた。最後に彼が微笑みながら零した科白。



「おかえり」

長い旅路を経て、また慈愛溢れるこの場所に帰ってきた彼らに。
忘れない、憶えている。この世界が続く限り。
だから、今だけはしばしの別れを。

小夜啼鳥は、美しい声を響かせながら、遠く遠くへ羽ばたいた。










丘の上に聳える木。
豊かな緑が、変わらず、風に吹かれては、楽しそうに踊っていた。
子ども達は孤児院の庭で、楽しそうに笑いながら丘を見つめていた。
毎年春になると、あの丘の向こうの王都という町から、若い医者がやってくるのだ。
子ども達の定期検診と、ささやかな遊び相手として。
医者はいつも丘を越える前に、丘に立つ大きな木の横に立てられた、小さな十字にお祈りをする。
子ども達は不思議に思って、医者に問うたことがあった。
医者は、それにこう答えたという。優しそうに目を細めて、夜のようなきれいな黒髪を風に揺らしながら。
此処には小さな世界が眠っているのだと。



子ども達は、その木を世界樹と呼んだ。
Nec lumen possum cum sole vivere, nec sine sol.










end.





後書
「nightingale」完結です。
ユグドラシルの後書まで書き終えて、サイバーさんで初公開して、もう二年もたってました。
だけど、わたしの文章には何の変化も、何の進化もなくて、やっぱり表現したいことの半分も表現できなくて、ここまで来ました。
それでも、やっぱり、わたしはこのお話が書きたくて。諦めたくなくて。こうして書き上げる事が出来て、今、本当に幸せです。
わたしにとってのいま一番の幸せは、きっとこれだといいな。
応援してもらって、あの子が好き、この子が好きと言ってもらえて。
本当にありがとうございました。
だから、この場を借りて、応援してくださった皆様に、そして、やっぱりあの曲に(笑)言わせてください。
本当に大好きで す!

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


2008/03/08 浅帷アオ



ナイチンゲール
きっと、また帰ってくるから。春を連れて、君のもとへ。