子 ど も 達 へ 贈 る 小 夜 曲








the 6th day [ serenade ]















子ども達とシスターは、一人の少年をかこんで、少年の声に耳を欹てていた。
ベッドに上半身だけ起こして、古いけれどしっかりとした装丁の本を持って、少年は物語を紡ぐ。

ルミナが読んでいる本は、昨日、ソオルから贈られたものだった。
シスターエルモの提案で、孤児院の子ども達は、皆でルミナと、ソオルの部屋に集まって、ルミナの紡ぐ物語に聞き入っていた。
ちょっとした朗読会が、孤児院でひっそりと開催された。

   それは、一柱の神様と、一人の少女の物語。
そんな序文から、物語は始まった。
世界を憎んだ神様と、世界を愛す宿命の少女。
滅んでいく世界への、希望の話だ。

(この世界が消えるまで、あと2日)
ルミナは朗読を終えると、その静かに本を閉じた。

「この世界はたすかったの?じゃあ、私たちの世界は?」
リィネがシスターエルモのひざの上で言った。
答える声は。上がらなかった。
シスターエルモはリィネの頭を撫でて、そして、ぎゅっと抱きしめる。

「助かるよ」

そう声を上げたのは、ルミナだった。

「ルミナ……?」

迷いのない、ルミナの声。
その声は、何かを決意しているかのようで。
ソオルは、僅かな不安を感じて、ルミナの名を呼んだ。

そのソオルの声には答えず、ただふわっとした笑顔をルミナは向けると、そして静かに歌い始める。
シスターエルモが、初めてルミナに歌ってくれた曲。
      ナイチンゲールの子守歌。

ある者は目をつむって聞き入って、またある者は旋律に加わって。

孤児院の中に、子ども達の声が沁み入るように響く。
優しく、切ない小夜曲。





「うわぁ、エルモまで眠っちゃったね」

ベッドの周りで各々の毛布にくるまったり、小さな手と手を取り合いながら眠りに落ちて行った子ども達を見ながら、ルミナは穏やかにそう微笑んだ。

「こんだけ穏やかじゃあな。世界が消えるなんて嘘みたいだ」

「あはは、本当だ」

微笑むルミナ。
ソオルはその笑顔を見て、微かに、きゅっと唇を結んだ。
      嘘だったら、どれだけ良かっただろうか。
今だって、一秒でも長く、この穏やかな時が続けばいいと願い続けているのに。

本当は、
(本当は、さ…ルミナ。本当は   )

「大丈夫だよ、ソオル」

細い腕を伸ばして、ソオルの頬をとらえる。
ソオルはその手にそっと自分の手を重ねた。
(手、冷たいナ…)
重ねる手に、力を込めた。
その温度を逃がさないように。

逃がしてしまわないように。

小刻みに揺らぐ手。ルミナは、震えるソオルを引き寄せて、そっとその額に口付けた。
額へのそれは、友情の証。

「ルミナ」

驚いて身を離そうとするソオルの腕を掴んで、制止する、そしてもう一度
今度は目蓋に、唇を落とす。

目蓋へのキスは、

俯くソオルの腕を放して、ルミナがゆっくりと閉じていた瞳を開くと、映った顔は、泣いていた。

「だから、何でソオルが泣くのさ」

「お前がっ!」

いつもより強いソオルの語調に、ルミナは一瞬びくりとする。
しかし、はなれたルミナの体を、ソオルは強く抱きしめた。
   ああ、この細い体の中に、
ルミナはどれだけの悲しみを隠してきたのだろう。
(だから、さあ)

「お前が泣かないから、泣くんだ、ョ」

最後に見たのは1年前。ルミナが孤児院を去ったあの日。
あれから何かが確実に変わって、終わっていこうとしている。
その中で一番辛い思いをしてきたのは、ルミナだとわかっているのに。

なぜ彼は、此処で涙を見せないのだろう。
一番安心できる場所だと思っていた。此処が、この孤児院が、家族のいるこの家が。なのに、なぜ?
なんで、その悲しみを分けてはくれないのか。
分かち合えることは、できないのか。
ソオルは悔しかった。そして、それがとても悲しくて。

「…ソオル」

ルミナは、ソオルの涙を拭うと、そっと首を振った。

「僕は、ね。思うんだよ。人は、涙を流して、悲しいことを流しているんだって。
だからね、ソオル。僕は、流してしまいたくなかったんだ。この1年、悲しいことも、辛かったことも…
      今日と、明日までの七日間の、楽しかったことも嬉しかったことも…、幸せ、だったことも。
それらは、だって、全部僕の証だから」

この世界で確かに息づいてきた、「ルミナ」の証。
だから、どうかそれら全てを



「僕の、こと、忘れないで…ソオル」



そのきれいな涙にのせて、流してしまわないで。

自分勝手な願いと思ってくれても構わない。それもルミナの記憶であるのだから。

まわした腕に力を込めた、つもりだったが、力が入らない。

(ああ、せめて、あと一日だけでいいのに)

ルミナは切なそうに息を吐いた。
そうだ、願えるのは1つだけ。

しかし、力の入らなかった体を、かわりにソオルがぐっと強く抱きしめた。
それが、ソオルの答えだと、ルミナにはわかった。

「忘れるわけ、ねェだろ…忘れるもんか、ルミナ」

ルミナは微笑んだ。
そしてゆっくりと、窓の外へ視線を動かした。

(おかしいなぁ)
ルミナは幸せを一心に感じながら、ぼんやりと考えた。
外はまだ一面の雪景色のはずなのに。

   色とりどりの、花が咲き乱れる、緑の大地。澄み渡る空の青を、遠くの海が反射する。
向こうの丘には木が一本たっていて、新緑が風でざわりと揺れた。
春の園だ。ルミナの一等好きな景色。
木の葉たちをざわつかせる風、その風にのって

あの鳥の声が聞こえた。



「ナイチンゲール」



その紡ぐ歌は、ルミナのために謳われた。

(帰ってきたよ)

長い冬をこえて、春を連れて、やってきた。

「おかえり、僕の鳥…僕の一番大切な   

ルミナは、静かに瞳を閉じた。
温かな静寂に、身を委ねて。

光の子は、深い、深い、眠りにつく。





「お休み、…ルミ、ナ…」

シスターも、子ども達も。皆、誰ももう眠ってはいない。
ただ一人。皆に見守られて眠りについた光の子。
子ども達の片手には各々の宝物、片手には花。

誰からともなく、一人、一人と歌い始めた。
皆に愛された、彼に捧ぐ、

最後の、小夜曲。

その歌とともに、窓の外の空で歌う声があった。



一羽の渡り鳥が、飛んでいた。









第6話 終