王国歴 1875年 2月 1日
男の子を授かる。
今日4歳になったという亜麻色の髪の少年だ。
両親は流行病で亡くなり、引き取り手がいないと教会に申請があったので、此方で引き取ることになった。
偽善だと、自分でも思う。
所詮、私は彼の母親になることはできないのだから。
同日 追記
私が尼僧になることを選んだのは、神への忠誠心からなどではなかった。
親を亡くした私は、親戚にも引き取られず、この教会に引き取られた。私が修道するのは、仕方のないこと。
私は神に疎まれている。ずっとそう考えていた。
でも、それは違ったのだと、今日本当に感じることができた。
私はこの日のために、産まれてきたのだと言っても過言ではない。
私は今日、1人の母親となった。
その子はあの日の私と同じ、深い絶望の中にいるはずだった。しかし、家の中では決して涙は見せなかった。
それでも、やはり我慢していたのだと思う。家族の思い出の残る家の中で、涙は見せまいと。
あんなにも一片の濁りのない瞳を、私は初めて見た。
小さく震えるこの命。私が守らねばなるまい。
神が授けてくれた、私の子として。私の人生をかけて。慈しんで、いきたい。
本当の母親として。 この子を、この光の子を。
the 4th day [ one grace ]
ロッカとリィネは双子だった。
憶えているのは、その一つきり。
ざぁん…ざぁん
心地よい音が、響いていた。
この音は知っている。波の、音だ。
(おかあさんの、おとだ)
ロッカはふっと目蓋を上げた。
するとそこには、知らない男の子が自分を覗き込んでいる姿があって、
多分、その時ロッカは、怖かったのだろうと思う。
当時はまだ言葉なんて知らなかったし、未だ目覚めぬ片割れを抱えて、覗き込んでくる男の子をただ、ただ威嚇し続けることしかできなかった。
この自分の腕の中で眠るのは、自分の片割れだということ。守らねばならない。必死だった。
言葉で表すなら、不安と、目前の「人間」に対する恐怖感。
「 」
男の子が何か言ったけれど、何と言ったのかはわからなくて。
呻きながら後ずさりすると、男の子は困り果てたように何かつぶやいた。
そして、その後。
言葉のわからぬロッカに、再び何か、話しかけた。
(一緒に行こう)
その時見た笑顔と、言葉だけはロッカは忘れなかった。
意味を理解するのは、当分先のことだったけれど。
孤児院は静まり返っていた。
小さなその身に抱えた、あまりにも酷薄な運命によってもたらされた出会い。
それでも、その出会いは、此処に集った子ども達にはとても大切なものになった。
ルミナと出会い、シスターエルモの子どもとなり、紡いできた絆。
いつだったか、シスターエルモが言っていた言葉を、ソオルは思い出していた。
ルミナという名前は、古い言葉で、「光の子」という意味だと。
本当だ、と思う。
ルミナは光だ。ソオルにとっても、此処に住む皆にとっても。
だから、皆ルミナを慕った。
光に集った。
シスターエルモの、最初の子ども。
孤児院となった教会の聖堂に、祈りを捧げる姿があった。
子ども達と、一人のシスター。
祈ることは、ただ一つ。
王国歴 1882年 1月31日
こんなにも優しくて、こんなにも幸福で、こんなにも、愛しい。
この日々を私は後悔などしない。できるものだろうか。
あの日私が授かった光の子が、こんなにも素晴らしいお贈り物をくれた。
温かい家族、それは、彼の望みであったのだろうけど。
私にとって、私達にとっても、この上なく大切な宝なのだ。
世界が消えるまであと4日。
穏やかに流れる時間は、どんなに願おうと、止まることはない。
それ故に、この世界は美しい。残酷なほど。
答えは未だ出ない。
シスターエルモは使い古した本を閉じると、そっと瞳を伏せた。
(それでも、後悔はしないわ)
愛しい我が子に贈った歌を、ゆっくり紡ぎ、謳う。
夜は明けた。
消えゆく世界に、最後の贈り物をしよう。
第4話 終