子ども達とシスターは2つの作戦を考えた。
the 2nd day [ I want.... ]
その日は鮮やかな晴れの日だった。
今日はルミナは朝から調子が良かった。やっぱり、病院のベッドより長年慣れ親しんだ自分のベッドは寝心地がいい。
やわらかいシーツの感触にルミナは頬をゆるませ、ゆっくりと寝返りを打った。
窓から差し込む暖かい光。
その中にソオルの姿を認識することができた。
ソオルは窓をはさんだ向い側のベッドで、未だ寝息を立てている。
(帰ってきたんだ…)
穏やかな朝。ほんのささやかな幸せ。
なのに、
(なんで、世界は消えるの、かな)
ソオルも、幼いあの双子たちも、その皮肉な運命を彼らは知っていた。
そのためにルミナが帰ってきたこと。彼らはそれら全て受け止めている。
(だって、みんな消えるんだったら、一人で残る方が、よっぽど怖いだろ)
ソオルは昨晩、ルミナにそう言った。
変えようのない真実、それを受け入れてしまった時、人はあんなにも穏やかでいられるものなのだろうか。
あと6日間の世界。
誰が決めたのかも分からない、たった6日の、残された日々。
それを、この「家」で過ごすために、ルミナは帰ってきた。
ゆっくりと息をはいて、目を閉じた。
目蓋を閉じても、太陽が与える光は、鈍くその暗闇を照らしている。
世界が消える、ということは、多分、この微かな光さえ消えてしまうということなのではないだろうか。
ここに残るものは、暗い、暗い、常夜の闇だけ。
ルミナは身震いをした。
これは、怖れ、だろうか。
(変なの、怖いなんて)
(もう感じないと思ってた)
言い表しようのない、この感情。目頭がだんだん熱くなってくる感覚。駄目だ、泣いては、駄目だ。分かっている。
もう、泣いては駄目なんだ。
「ルミナ?」
自分を呼ぶ声にはっと、閉じていた目蓋を開くと、
そこには、先程までベッドで眠っていた少年が、心配そうにルミナの顔を覗き込んでいる姿があった。
「あ、ソオル。おはよ」
「おはよって、大丈夫かよ?咳は出てないみたいだけど」
心配性だな、とルミナはソオルに笑顔を向ける。
もう恐怖はなかった。
(そうか、エルモ母さんの言う通りだ)
自然にこぼれた笑み。なぜ自分がこんなに穏やかになれるのか、分かった気がした。
否、本当は、もうずっと知っていたのかもしれない。
ルミナはそう考えた。
(みんなが、…ソオルがいるから、怖くないんだ)
心の中で、そっと感謝の言葉を呟いた。
「ルミナ兄ちゃん、お外行って遊ぼうよ!」
食事を終えたロッカが、テーブルに両手をつけて言った。
すると、それに続いてリィネ、他の子ども達も、僕も、私もと賛同した。
ソオルは、食事の済んだ皿を片づけながら、静かにそれに反対した。
「こらこら、ルミナは病院から帰って来たばっかりなんだぜ。
お前らみたいな体力の有り余ってる奴らと遊んだら、ぶっ倒れるダロ」
「ソオル兄ちゃん、けーち!」
「リィネはどこでケチなんて覚えて来るんだヨ!」
戻ってきたソオルの腹部あたりをリィネが小さな手でぱしぱし叩いた。
ソオルはそんなリィネの頬を軽くつねりあげて応戦した。少し大人げない。
「いいよ、ソオル。僕もみんなと外行きたい」
「でもな」
「今日は調子いいんだ!久しぶりにエルモ母さんの料理が食べられたから」
「あら、ありがとうルミナ」
シスターエルモはルミナに微笑みかけると、その優しい眼差しのまま、ソオルを見た。
「ソオル、良いじゃない。久しぶりにルミナが帰って来たのだから、皆で遊んでらっしゃい」
「う…、エルモがそう言うんなら、しょうがない、かナ」
「やった!」
ルミナと子ども達が、一斉に声をあげた。
エルモに微笑みかけられて、ソオルは照れくさそうにそっぽをむいて付け加えた。
「でも!外行くンだったらしっかりと着込んで行くんだからな!風邪引いた奴は説教してやる」
「ソオルこわーい!ロッカお兄ちゃん、準備してこよ!ソオルに怒られちゃうよ!」
ロッカとリィネが連れ立って食堂を飛び出して行く。
それに続いて、他の子ども達もいそいそと準備にむかった。
「ふふっ、ソオルったら、みんなのお母さんみたいね。私の立場がないわ」
「何言ってるんだヨ!おれたちの母さんはエルモだけだろッ!」
「それは光栄だわ、ソオル。ねえ、ルミナ、貴方にとっても私はまだお母さんでいさせてもらえる?」
ルミナはもちろんだよと椅子から立ち上がると、シスターエルモの頬に口付けた。
「エルモ母さんに育てて貰って12年、ずっと、…これからも。僕の母さんは、エルモ母さんだよ」
エルモはそれを聞くと、そっと、だけれど力強く、ルミナを抱き締めた。
それは母親の姿の、それで。ルミナはエルモの腕の中で瞳を閉じた。
「おかえりなさい、ルミナ。本当に、よく帰ってきてくれました…私の息子…」
「ただいま…母さん」
ソオルは、ただその光景を見つめていた。
(なんでだろう)
こんなにも温かくて、こんなにも愛しい、この光景が。
とても切なく思えてしかたない。
あと6日。この光景を失いたくない。
ソオルはそんなことを考えて、ふっと目を背けた。
孤児院の外は、一面の銀世界だった。
ルミナは玄関から出ると、大きく冷たい空気を吸い込んだ。
(冬の、においが、する)
雪が溶けて、水になって、流れ出る。そんなにおいだ。春の準備をしているようなこのにおいが、ルミナは好きだった。
以前ソオルにそれを話したことがあったが、においなんてしないと一蹴されてしまったけれど。
でも、確かにルミナには感じられた。
世界が、春を待っている。
「でも、春は、もう来ない…」
ルミナが吐き出した息は、白く色づいて、そして消えていく。
その様子が、いやに儚くて。ルミナは息を止めてみた。
このまま、このまま止めていたら、世界が消えていくのを見なくて済むだろうか。
そんな考えが、酸欠になり始めたルミナの脳裏を過った。
(だったら、このまま)
「おーい、ルミナ?どうした、そんな頬膨らませて。ハムスターか?」
「あてっ!」
背中を叩かれた瞬間に、ルミナは息を吐き出してしまう。
反動に、今度は思い切り空気を吸い込んで。勢いあまって、咳込んだ。
「げほっ…えほっ…うぅ」
「お、おい、悪い、大丈夫か?」
ソオルは、しゃがみ込んだルミナの背中を擦りながら謝った。
「う、うん。大丈夫」
「……ごめん」
ソオルは泣きそうな顔でルミナに謝り続けた。いつだったか。ルミナが入院する前にもこんなことがあった。
そのあと、高熱が出てルミナが寝込んで。治った後も、ソオルはルミナと顔を合わせることができなかった。
「ソオル、大丈夫だって」
背中に手を置いたまま項垂れているソオルの顔を、今度はルミナが怪訝そうに覗き込んだ。
歪められたソオルの顔を見たルミナは、やれやれと膝に手をついて立ち上がる。
「なんて顔してるの」
「…うるせ」
ひねり出したような言葉。でも、いつものように強がった返答。
ルミナは笑った。
そして、その手をソオルに差し伸べた。
(あ、あの時と一緒だ)
ソオルは思った。
親に捨てられた、あの日。
路地で一人雨に濡れていたソオルに、手を差し伸べてくれた人。
それも、ルミナだった。
「行こう、みんなが待ってる」
変わらぬ笑み。
ソオルは、その手をぎゅっと握りしめた。
確認するように。離さない、ように。
「ああ」
これからも、ずっとこの手を握っていたい。
そう思った。
「おそいぞルミナ!ソオルもっ!」
「あはは、ごめんごめん」
「ルミナ兄ちゃん、みてみて!あれね、リィネとロッカが作ったんだよ」
リィネとロッカがともにかけて来ると、ルミナのマフラーにしがみ付いて言った。
小さな手が指差す先には、大きな雪だるまが立っていた。
製作者の2人とともに、とても誇らしげに。
「うわぁ、2人ともすごいね!」
「あのね、頭はボクがのっけたんだよ」
ロッカが胸を張って言う。
ルミナはロッカとリィネの頭をなでて微笑んだ。
晴れ渡る空、一面の白。
確かに、そこにあったのは幸せで。ルミナはふと空を仰いだ。
冷たい空気の中、黒い影が横切った気がして。
それは、ルミナの知っている、鳥で。ルミナはその影をおって視線を滑らせた。
(あれ、おかしいなぁ)
鳥なんて、どこにも見当たらなくて。
ルミナはぼんやりとした思考で考えた。
外は寒いはずなのに。
空は明るいはずなのに。
あの鳥の声が、聞こえたはずなのに。
体が熱い。視界が、暗い。
(何も、聞こえない…?)
それでも、君がいることだけ。なぜか確信できたんだ。
第2話 終