あと7日で、世界は消える。
シスターエルモは静かに、病院のベットに横たわるルミナにそう言った。
エルモと、ルミナのかかりつけの医者、看護師。そして、ルミナだけの四角い無機質な部屋に、シスターの声だけが音を与えていた。
「世界が、消える…?」
あまりにも唐突すぎるその言葉。信じられるわけがない、と思った。
だけれど、いつも優しい表情をたたえているシスターエルモも、難しい顔ばかりだけれど、ルミナを心配し、病を治癒しようと懸命な先生も、今はその"いつも"の表情を失くしている。
変りに浮かべている表情を、ルミナは知っていた。
(絶望の、顔、だ)
世界は終わる。
子供たちは希望を失った。
the 1st day [ hopeless children ]
その日はルミナが病院から帰ってくる日だった。
静まり返った孤児院の玄関で、子ども達は皆柱や机の陰に隠れて息をひそめて扉が開かれるのを待っていた。
「すぐに帰ってくるよ」
そう言ってルミナが、この孤児院を出て行ったのは1年前のこと。
この院の中で誰よりも皆に慕われているルミナの入院。
一番幼い双子のロッカとリィネは、泣いて行っては嫌だとルミナにすがっていた。
ソオルも本当は泣いてしまいそうだった。
だが、ルミナの次に年長で、彼の親友であるソオルまでもがそうしてルミナを困らせてしまうわけにはいかないと、ソオルは涙が零れそうになるのを必死に我慢していた。
それでも、双子をあやしてから、シスターエルモに連れられてルミナが玄関の扉を開けた瞬間。
なにか、張りつめていた糸のようなものがぷつんと音をたてて切れてしまったような気がして。
気付いた時には、ソオルは泣いていた。
ルミナは扉から身を引いてソオルの元に来ると、あはは、と笑ってソオルの頭に手を置いて撫でた。
ああ、やっぱり、困らせてしまった。
そう思って、涙を流しながらソオルが顔をあげると
苦笑を浮かべて困っていると想像していたルミナは、ぽろぽろと涙を流していた。
「すぐに、帰って、来いよ!」
そう笑顔で言うはずだった言葉は、涙に流されるようになかなか口から出てこない。
それでも、代わりに零れる嗚咽に交じりながらもなんとかソオルがその旨を伝えると、ルミナもしゃくり上げながら頷いた。
「必ず帰って来る、から」
まるで永遠の別れみたいだ。
そんなことを考えたら、ソオルは涙が止まらなくなって。
結局、また双子も泣き出して、他の子ども達も泣き出して。
みんなで泣きながら抱き合ったりしながら、疲れ果てて眠ってしまったあと、ルミナは静かに旅立った。
遠い、遠い、王都の病院に。
ルミナが何の病気なのか、ソオル達は誰も知らなかった。
元々昔から体が弱く、熱を出しては辛そうに咳をするルミナが、遂に王都の偉い医者の所で検査することになって、そして、入院しなければならなかった。知っていることは、それだけだ。
チリン
扉に付けた鈴が、軽やかに音をたてた。
孤児院の皆で世話をしている黒猫のキャロルが、勝手に外に出ないようにと、ルミナとソオルが取り付けた鈴だ。
結局、普段は子ども達の声や立てる音で、あまり役立ってはいないけれど。
しかし、子ども達が皆息をひそめて静まり返っている孤児院の中に、その鈴は確かに、その音を響かせた。
「ナーォ」
扉を開けて現れたのは、一匹の黒猫だった。
「なんだヨ、キャロルか!」
ソオルは肩を落とすと、扉を開けて侵入、もとい、帰ってきた生き物を抱き上げた。
(ルミナかと思った…)
そう思ったのは、ソオルだけではないようで。
ソオルの背後から数個、小さなため息が漏れた。
当事者のキャロルは、そんなことはお構いなしに、ソオルの腕の中で丁寧に体をなめている。
「キャロル、ルミナは未だ帰ってこないのかな」
猫に聞いても無駄だよな。
そう思いつつもキャロルに問いかける。
反応の期待は抱いてはいなかったが、その問いにキャロルは反応を示した。
キャロルは体をなめるのをやめると、黄色の瞳でソオルの顔を見上げる。そして、すぐにその視線を真横に向けた。
(帰ってきたよ)
誰かがそう言った気がした。
「うわっ!」
キャロルはソオルの腕からぱっと飛び降りると、先程自分で開けた扉から、するりと外へ抜け出した。
「おい、キャロル!」
呼ぶと、まだ半開きの扉が微かに動いた。
そしてそれが最大限にまで開かれると、そこには1人の少年の姿。
扉から入って来る風に、亜麻色の髪が揺れる。懐かしい、忘れもしない色。
少年の腕には、満足げにのどを鳴らす黒猫。
「あ、」
声は喉のどこかに引っかかったように、出てこない。ソオルは知っているはずだった。
こんな時、何を言えばいいのか。どういう顔をすればいいのか。
ソオルがその言葉を思い出すよりも早く、ソオルの後ろで隠れていた子ども達がわっと駆け出してきた。
「おかえり!ルミナ兄ちゃん!」
ルミナより頭一つ程も小さい子ども達が、ルミナを取り囲んだ。
その中で、ルミナは一年前と変わらぬ笑顔で言った。
「ただいま、みんな」
ルミナは、視線をソオルに向けた。
そして、やっぱり微笑んで言った。
「ソオルも、ただいま」
もう、言葉には迷わなかった。
「おかえり、ルミナ」
抱き合って再会を喜ぶ子ども達を見守りながら、シスターエルモは微笑んでいた。
すると、その足元に、子ども達によってルミナの腕を追われたキャロルが縋るように身を寄せる。
なぅ、と一鳴きして、その黄色の瞳を上げた。
キャロルの瞳に映るシスターエルモは、もう、微笑んではいなかった。
その表情は、憂いか、或いは何らかの決意か。
それを知ってか知らずか、キャロルはもう一度、高く泣き声をあげた。
「キャロル、貴女にもわかるのね。世界の、消えていく音が…」
答える声はない。
もしかしたら、間違ったことをしているのかもしれない。
シスターエルモは思った。その答えがでるまで、あと7日間。
(見守りましょう)
どこからか聞こえた声が、そう言った。
「帰りましょう、世界が消えるまで7日間、貴方を待っている子達がいる」
いつまで続くか分からないこの病。
すぐに帰ると出てきた、温かいあの場所。
(みんなのいる、家 )
もし本当に、世界があと7日で消えてしまうのなら、
家族の、君のいる「ホーム」で、終わりの時を迎えたい。
窓の外を見やると、静かに、ふわりふわりと雪が舞っていた。
穏やかに春を待つ、16回目の冬。
僕は世界の終わりを知った。
第1話 終
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