雲の上の世界で
ごめんね、那由多。
僕、実は本当は底意地の悪い人間だったみたいだ。
銀芽は心の中で愛しい少女に謝った。
ここは雲の上。昼間の間、夜輝く星を休ませ、磨く場所。滅多に人の来ないこの場所の管理を、銀芽はある人から任されている。ある人とは、実は銀芽もお目にかかったことがない。
そんな、滅多に人の来ないこの場所に今日は来客がやってきた。
それは四人の男女。一人は女子高生、一人は海賊、一人は剣士で一人はホスト。何の接点もないこの四人が何故この場所に現われたのか。銀芽にとってそれはどうでもよかった。とにかく久方ぶりの客人だ。星磨きを手伝ってもらおう。いつもは一人でやっている星磨きだが、客人が来たとなれば手伝わせるしかない。銀芽はそう思って彼らに優しく声をかけた。
「あのー」
「あ、こんにちはー。俺、海賊のジャック。で、ここどこー?」
「不躾に失礼じゃない! あ、あの、私はなつめです。このホストが太郎さんで」
「修羅」
「この無愛想なのが修羅です」
なつめはそう言いながら、修羅の脇に肘鉄を食らわせている。興味深げに銀芽を見つめている太郎。ジャックはひとところにじっとしていられないのか、さっきから周りをせわしなく見回している。
銀芽が言葉なく彼らの事を観察していると、なつめが銀芽を見て尋ねてきた。
「あの、それで、ここは何処なんでしょう?」
「ここは、雲の上。昼間の間星を休ませ、磨く場所」
用意されていた言葉を告げると、太郎が始めて口を開いた。
「つまり、俺達は異世界に来たということか」
「うっそー! よっし、冒険に出発だ」
大げさに驚くジャックは子供っぽくはしゃぎ始めた。しかし、そんなジャックの様子を無視して、なつめが銀芽に話しかける。
「君の名前は?」
「僕の名前は銀芽。ここの管理をしているんだ」
銀芽がそう答えるとなつめがとても驚いた。
「え、こんな広いところを一人で!? も、もしかして、銀芽君はえ、偉い人?」
「偉くは、ないかも。あ、それでよかったらなんだけど」
「あー! 見てみて、星が落ちてるっ!」
話の途中で腰を折られるのは非常に気分が悪い。しかし、ジャックが星のひとつを拾い上げたので銀芽は慌てて叫んだ。
「あ、駄目!」
星はデリケートなのだ。人が拾い上げただけでも形が崩れかねない。しかし、叫んでも時すでに遅く、ジャックは軽々と星を拾い上げていた。拾い上げられた星は鈍く輝く。鈍く輝くのは早く磨いての合図だ。瞬いた星を見ながらジャックが楽しそうに告げる。
「まるで、生きているみたいだ」
「生きているんだよ」
銀芽がジャックの言葉にそう返す。
「星は生きているんだ。僕の仕事はここで星を磨く事。せっかく来たんだし、君たちも手伝っていってよ」
「断る」
銀芽の言葉に即答したのは修羅だった。修羅は銀芽の誘いを断ると雲の上で昼寝を始めてしまった。修羅を軽く睨んだなつめだったが、何も言わずに大きなため息を落とす。多分、修羅は何を言っても昼寝をやめないだろう。
なつめは気を取り直して銀芽に声をかけた。
「あの、私でよかったら手伝うよ。こんなたくさんの星を一人で磨くのは大変でしょ?」
なつめの嬉しい申し出に銀芽は満面の笑みを返す。
「実は、そうなんだ。ありがとう、なつめ」
「どうしたしまして」
照れるなつめ。太郎は手伝う気はないらしく、周りを観察している。ジャックは冒険だーとか言いながら周りを走り回っている。どうやらこの四人の中で、一番まともな感性を持っているのはなつめらしいと銀芽は悟った。
「それで、なにをすればいいの?」
「今道具を持ってくるよ。ちょっと待ってて」
銀芽がそういって急いで道具を取りにいこうとしたところへジャックが声をかける。
「あ、ねぇ、銀ちゃん〜。あれ何?」
「……銀ちゃんって僕のこと?」
「うん」
「あれって?」
銀芽はジャックの指差した方向を見た。ジャックの指差す先にあったのは、銀芽も見たことのないものだった。黒翼をもった多分人であろうが、顔は見えない。太郎が思い出したように口を開いた。
「黒翼は禍の象徴」
「……誰か、疫病神でもいるんじゃないか? ここに」
寝ながら告げる修羅は余裕である。冗談じゃない。銀芽はそう叫びたかったが、生憎声が出なかった。なつめも銀芽と似たような反応をしている。ジャックがのんびりと告げた。
「あー、それってもしかしなくても俺?」
「そうだな。アレがメスならばお前が連れてきたんだろうが」
「お、女ならだれでも言いなんてサイテーよね! ね、銀芽君」
「う、うん。そうだね」
正気を取り戻したなつめにそういわれ、なんとなく銀芽は賛同した。
しかし、アレは一体なんなのだろう。確かにお客が着て欲しいと尾思ったことは何度もあるし、ここの仕事には飽きてきたところだった。けれど、銀芽は決してトラブルが欲しいと望んだわけではない。しかし、目の前の黒翼を生やした人間は明らかにトラブルを起こしそうである。いや、それを考えればなつめ以外はいろんなトラブルを運んできそうだが。
黒翼をもった人間がゆらり、と銀芽に顔を向ける。顔は黒く塗りつぶされていてどこが瞳なのかわからない。けれど、そいつは銀芽のほうへと顔を向けていた。
「君は、一体誰?」
銀芽はここの管理者の顔をして、それに問いかけた。ジャックがひゅう〜かっこいい〜と何故か口笛を吹いた。しかし、黒翼の人からの答えはない。ふいに、太郎が口を開いた。
「ひとつ、銀芽。お前に忠告しておこう」
「はい?」
「そいつに話しかけた時点で、お前に禍が降りかかる」
「はぁ?!」
「俺たちのいる世界ではアレを死神というんだよねー」
けらけらと、ジャックが笑った。なつめが慌てたように叫ぶ。
「そんな余裕ぶってる場合じゃないでしょ! 銀芽君! 逃げて! この三人が足止めしてくれるから! 多分!」
「よし、犠牲になれジャック」
「何でそんな嬉々としていうかな! 修羅らーんは!」
緊張が走る。なつめが銀芽の手をとった。手をとって走り出したなつめ。事情を知らない人から見れば愛の逃避行に見えるだろうか。太郎はのんびりそんな事を考える。修羅は楽しそうに黒翼の人のほうへジャックを押し出す。しかしジャックも必死に抵抗している。
というか、はっきりいって足止めにすらなっていない。
というか、足止めする気すらない。
「やくたたずー!!」
なつめの叫びに三人はびくりと怯えたように肩を揺らしたが、銀芽は見なかったことにした。銀芽はなつめに手を引かれて走る走る。なつめは意外に足が速かった。
銀芽は後ろを振り替える。やっぱり、あの黒翼の人は銀芽たちの後を追いかけてくる。なつめは怯えながら走っているが、銀芽は怯えてはいなかった。黒翼の人は悪いものには見えない。
果てしなく続く雲の上を走る。
ふいに銀芽はいつか那由多とこうしたいな、と思った。そのいつかが来るのは多分、当分先のことだろうけれど。くすり、と銀芽が笑うと、星が輝いた。星が輝くと、ふっとなつめと銀芽の目の前に黒翼の人が現われる。
「ぎゃああっ!」
色気のないなつめの悲鳴が上がる。かちこちと固まったなつめ。握られた手首から銀芽になつめの震えが伝わった。けれど、なつめの震えは銀芽に伝染しない。銀芽には目の前の黒翼をもったものが悪いものには見えないから。ジャックが焦った声を上げる。
「なつめちゃん!」
ジャックがなつめの方に慌ててかけてくる。修羅も太郎もばたばたと走ってこちらへ向かう。銀芽はなつめを庇うように前へ出た。そして、なつめにつかまれていない手で黒翼をもったものに手を伸ばす。
「だ、だめ!」
震える声でなつめが銀芽の行動を止めようとした。けれど、銀芽はもう黒翼をもったものに触れていた。それは銀芽に触れられると嬉しそうに、けん、と鳴いた。まるで狐のような鳴き声。しかも、銀芽に触れられて嬉しいらしく、何度も、けん、と鳴く。
「君は、狐なのかい?」
銀芽がそう尋ねると、それはまた、けん、と鳴いた。なつめが震えながらも疑問を口に出す。
「き、狐なんだ」
でもなんで羽根が生えているんだろう。なつめのその疑問は地震の恐怖によってかき消される。どうやそれに敵意はないらしいと判断した役立たず三人組はのんびりと口々に言う。
「なんだー、死神じゃないんだね」
「まぁ、ここは別世界らしいし、そういうものがいてもいいだろう」
ジャックが少し残念そうに告げ、太郎が納得したように独り言を呟く。昼寝を邪魔された修羅は不機嫌そうに文句を告げた。
「一人がギャーギャー怖がるから勘違いするじゃねぇかよ」
吐き捨てるように告げられた言葉になつめがむっとした表情をしたが、ふいに何かに気がついたように顔を上げた。
ひとつの星が磨いてもいないのに、きらりと輝いている。
太郎が呟く。
「時間、だな」
「もう、帰らなくちゃいけないのかー、まだ冒険してないのに」
ジャックが残念そうに告げ、修羅が無言で光る星のところへ歩き出す。太郎もそれに続いた。なつめが銀目の手首をやっとはなした。
「ごめんね、銀芽君。迷惑かけちゃって。それから、星を磨くの手伝えなくてごめん」
「そういってくれるだけで嬉しいよ、なつめ」
銀目が淡く笑いながら思う。
やっぱり人生そんなに甘くない、と。
なつめが手を振って太郎の後に続く。その場にはジャックだけが残る。銀芽がジャックの方へ顔を向けると、彼は満面の笑みで銀芽に感謝の言葉を告げた。
「なつめちゃんを庇ってくれてありがとう!」
「え?」
「これ、お礼ね」
ジャックは無理やり銀芽の手をとって、その掌に何かを押し付けた。銀芽にそれを無理やり握らせて、ぱっと身を翻す。
「じゃ、また会おうね!」
子供のように無邪気にジャックは手を振って、なつめの後に続く。そして、いつの間にか四人は銀芽の世界から消えていた。残ったのは目の前の狐、らしきもの。銀芽はゆっくりと、ジャックが自分に握らせた物を確認するために、握った掌を開いた。
「……ビー玉?」
銀芽の掌には虹色の輝きを持つビー玉がひとつ、のっかっていた。これがジャックが銀芽にくれたお礼らしい。
「ねぇ、綺麗だね」
狐に話しかけると、それはまたうれしそうに、けん、と鳴いた。
しかし、と銀芽は思う。時間はもうすぐ夕方になる。果たして銀芽は夜までに膨大な量の星を磨き終えられるのか。そう考えるだけで銀芽の口からため息が漏れる。
「誰か、手伝ってくれないかなぁ…」
銀芽がそう愚痴を零すと狐がけん、と鳴いた。まるで、自分も手伝うというように。
「……手伝ってくれるの?」
けん、とそれは鳴く。もしかしてそのためにわざわざ来てくれたのかな。銀芽はそう考えた。
「ありがとう。道具、とってくるよ」
微笑んで銀芽が雲の上を走り出す。
走りながら銀芽はさっき会った四人がまたここに来てくれたらいいな、と思った。そうしたら今度こそ、星磨きを手伝ってもらおうと考えたから。
ふと、そう考えながらもう一度銀芽は愛しい少女に謝った。
やっぱり僕はここに来てから底意地が悪くなったんだ。銀芽は彼女ともう一度会う前までには、この性格を直しておこうと硬く決意する。
それが、本当になるかは銀芽自身にもわからないけれど。
END
亜幸から1周年記念に頂きました…!
うちの子と亜幸宅の「ロンリィスタァ」の方々を共演させてくださりまし た^^
我儘なお願いを快く聞き入れてくださって…!銀芽が、銀芽が喋って動いてる よ!(待
素敵な文章、本当にありがとうございました。
亜幸宅 nobody
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